命の温かさ

こんにちは!しばらぶです。
今日は『死』というものについて、いささか重めのお話になります。
そういったお話が苦手な方はそっと戻るボタンを押してくださいね。
こんなことを書こうと思ったのは理由がありまして。
じつは最近、小学生の頃からすっとかわいがっていた愛犬を失いました。
チワワで、名前を「ショコラ」と言いました。15歳まで生きました。
最後までとっても頑張りました。わたしの自慢の愛犬です。
1月7日の夜から調子があまり良くなく、母親と夜通し見守り、朝に動物病院に連れて行きましたが、1月8日の夜、私が仕事から帰ってすぐに息を引き取りました。
ついさっきまで確かに息をしていたのに。
気づいたら呼吸が止まっていて、信じたくなくて、聞こえないだけで微かにでも息をしているのではないかと耳を澄ましました。でもどんなに耳を澄ましても聞こえなくて。
「しょこ」と何度も呼びかけましたが、その体が動くことはもうありませんでした。
私が気づかないうちに小さな命は天に旅立って行ってしまっていました。
今まで生きてきた中で、こんなに悲しいことはありませんでした。
わたしは大人げなく泣きわめきました。
すぐに駆けつけてくれた母親も一緒に泣きました。
母親に「おねえちゃんが帰ってくるまで待ってたんだね」と、そう言われて、私は本当に悲しくて、かけがえのない小さな命が一生懸命に生きて、生きて、最後まで頑張っていたんだと知りました。
小さな命が頑張っているとき、私はのんきにショコラの絵を描こうと思って、ipadを取りに行っていました。
それで、ショコラのもとに戻った時に、ようやく気付いたのです。
その日、仕事の帰りもずっと、生きているかすごく不安で、だから帰ってきて息をしていたのでほっとしていたんです。
だからのんきに絵なんて描こうと思ったんです。
今日はずっと一緒にいようと。一緒にいて、この子の絵を描こうと思ったんです。
仕方がなかったのでしょう。
わたしが気づけなかったくらい、ショコラは安らかに逝くことができたので、よかったのかもしれません。
そう思うことにします。
そして、きっと家族みんなに愛されたこの子は幸せだったと、そう信じることにします。
あれから数日たちましたが、未だにショコラがいない部屋はなんだか静かで慣れません。
いつか来ることはわかっていたし、もう長くないということも数か月前から覚悟していたはずなのに、それでもやっぱり悲しくて、寂しくて、また触れたいと考えてしまいます。
眠っているだけでも、ただ息をしているだけでも、生きてさえいてくれたらと、そう思ってしまうのです。
失われた命は、本当に、二度と戻らないんだと、当たり前のことを理解して、一緒に過ごした日々を思い返しては涙があふれてくるのです。
ゲージを片付け終わり、だいぶ気持ちの整理はつきましたが、なんだか仕事もプライベートもどこか上の空です。
そして家に帰って一人になるとボーっととりとめもない事を考えます。
そして考えたのが、「生き物はなぜ死んでしまうのか」ということです。
最近は良くないニュースもよく聞きますよね。
そのたびに「生と死」について考えます。
いろいろ事情もあるし、私自身は、絶対に死んではいけない!とかは思いません。
ただ、実際に死というものに直面してみると、それがとても悲しい事だということはわかりました。シンプルに、ただひたすらに、悲しいですね。
わたしに何かできることはあるでしょうか?
今の時代は辛い思いをしている人が多すぎると思います。
どうしてこんなにもこの世は辛く、生きづらいのでしょうか?
もっと自由に、楽に生きられるようになるにはどうしたらいいんでしょうか?
人も犬も、どんな生き物も生まれたらいずれは死にます。
それまでの時間を幸せで、温かくいられるように、わたしは私にできることを探していこうと思います。
わたしにできることの一つとして、最後にこれを読んでいるあなたに伝えたいことがあります。
今ある命を、大切にしてください。
わたしは以前、愛犬を失った人の言葉を聞いて、私自身もショコラを大切にしようと思いました。
その話を聞いてからショコラにはたくさん声をかけたり、なでてあげたり、めいっぱい愛情を注いだと思います。
今、ショコラを失って、後悔したこともあるけれど、自分にできる限りのことはしてあげれたかな、と思うこともできています。
なので、愛犬に限らずですが、あなたの身近にある命を大切に。
今からでも遅くないので、ぜひあなたにできることをしてあげてください。

